【メンタル本】『大河の一滴』を読んだ感想

レビュー

季節がらか、あれこれと普段なら気にならないことが一大事のような気がして、
考えすぎて寝込んでいました。

ゴロゴロしながらテレビをつけると、『世界一受けたい授業』をやっていて、
そのなかで今回ご紹介する『大河の一滴』という本が取り上げられていました。

聞くと「悲しい時には悲しい歌を…」などと、なにやら心に寄りそうような内容で、興味を持ちました。

私は追い込まれた時でないと本など読まないので、これも何かのご縁ということで、
さっそくKindleでポチって、読みふけりました。

この本の「超ザックリとした」まとめ

短くまとめる都合上、少々無理のある概要にはなってしまいますが、
ザックリ書くとこのような内容の本です。

「前向きに考えて生きることは素晴らしいことだけど、それだけではどうにもならないこともあるだろう。
マイナス思考から出発して救われる心もある。
悲しみあるこの世をあるがままに受け入れつつ、大河をくだる一滴の水のごとく、
大きな流れに身をまかせて日々を暮らしていこう」

表面をなぞったようなまとめになってしまいましたが、
おおむねこのようなメッセージです。

読んでいてハッとさせられた部分

序盤からいきなりハッとさせられたのですが、こんな文章がありました。

人間の一生とは本来、苦しみの連続なのではあるまいか。憲法が基本的な国民の人権を保障してくれたとしても、それは個人の心の悩みや、「 生老病死」の問題まで面倒をみてくれるわけではないだろう。

出典:大河の一滴

これは衝撃でした。

私たちは普段、テレビや映画や学校や日々の暮らしのなかで、
「人生はサイコーだ!」というメッセージをシャワーのように浴びて過ごします。

過去にはこの国で戦争もありました。不況も何度かありました。
しかし、それらは過ぎ去ったことです。

豊かで便利で、自由があり、誰もが幸せな人生を送れるはずの世の中です。

にもかかわらず。

「”サイコー”であるのはずの人生が、なぜこんなにも辛く感じるのか?」
「なぜ苦しいと感じてしまうのか?」

…と、このように思い悩んでしまう現代人は、少なくないのではないでしょうか。
また考え抜いた結果「私は生きることに向いていない」という結論にたどりつく人も多いのではないでしょうか。

このような気持ちに「いやいや!人生ってのは、とにかくサイコーなんだよ」といくら声をかけたところで、救われたりはしないのです。

一方で、どうでしょう。
「人間の一生とは本来、苦しみの連続」という前提に立つと、
ふっと肩の力が抜けて、すこし楽な気持ちになるのではないでしょうか。

有難い生をこの世に受けたにもかかわらず、幸せいっぱいに過ごせなくてすみません…
と気に病む必要はないのです。

基本的には地獄。たまに極楽もあるでよ。
…と、そんなもんらしいです。

「この平和な時代に、不届きモンがぁ!」と思うかもしれません。
が。この本では、ブッダ、聖徳太子、徳川家康の言葉を借りながら、
時代を超えて「人間の一生とは本来、苦しみの連続」が確からしいことを裏付けています。

平和にみえる現代であっても、その例外ではないでしょう。

現代は、本当に平和で極楽な世の中なのか?

少しだけ『大河の一滴』から脱線しますが、
実は同時並行で、こんな小説を読んでいました。

高度経済成長期、バブル経済期、そして平成の世を背景にした、
旧家の3世代を描く壮大なストーリーの小説です。

ミステリー・テイストでありながら、それぞれの時代の価値観、男女の生き方やそれに対する疑問がリアルに描かれており、素晴らしい作品です。

それぞれの時代の中での疑問が並列して表現されることによって、
完成し成熟しきっているかのように見える現代もまた、
次の時代への変化の途中である
ということを感じさせられました。

この小説の中で、鉄鋼業の盛衰が描かれています。

職工があこがれの花形仕事ともてはやされ、高炉が吐き出す黒煙を好景気のあかしとありがたがる時代を経て、
公害が問題になりはじめ、気管支を患う職工も出てくる場面があります。

はたしてこれは、過去の、不完全な時代に起きた、一時のできごとなのでしょうか?
私はそう思いません。

昨今、職場環境におけるメンタルヘルスケアの重要性が認識されるようになり、
企業は本腰を入れて対策をするようになりはじめました。

私の勤務先は、かなり本格的に取り組んでいると一社員として感じるのですが、
他社に勤める友人たちの会社の取り組みを聞くと、全くもって形ばかり。

本来の残業時間を申請できないなんてのはザラ、
パワハラ・セクハラ…腐るほど耳にします。

個人レベルの意識としてもどうでしょう?
メンタルヘルスの問題は、個人の心の弱さに原因があるとみる傾向が、
少なからず残っているのではないでしょうか。

私たちは大戦や不況を経て、完成された社会で暮らしていると考えてしまいますが、
実はまだ、より良い社会へと変化していく過程の真っただ中にいるのかもしれません。

そのなかでメンタルヘルスの問題も、かつての公害問題のように、
そのリスクがより認識されるようになると予想しています。

『大河の一滴』では、毎年数万人にもなる自殺者数を根拠に、
現代は<心の内戦>の時代ではないか、と問いかけています。

私たちはまだ、そのリスクを認識できていないだけで、
実は平和でもなんでもない、とんでもない戦火のもと暮らしているのかもしれません。

まとめ

ということで、今回の記事でお伝えしたかったのは、
「いつの時代も生きることは大変なことなのだから、恵まれた時代に生まれたのに…と負い目を感じることなく、
しんどい時はしんどいと、そのままの感情を受け入れよう」

というメッセージです。

「人生はサイコーである」という前提で解を求められないのであれば、前提を疑ってみましょう。
ポジティブ・ベースで考えて煮詰まった時は、ネガティブ・ベースで考えてみましょう。

記事終盤で話を広げるのもナンセンスですが、
「すべての人・人生に価値がある」という信仰も、誤解を恐れずに申し上げると疑わしく感じられます。
まあ怒らず、最後まで読んでください。

自分自身の怠惰な一日をふりかえって「今日という日は、何か価値があったのか?」と鬱々とすることもあるでしょう。
凄惨な事件や出来事を耳にした時、影のように疑問が心に忍び寄ってくることも、みなさんご経験があるかと思います。

恐ろしいことに「すべての人に価値がある」が真であるとするならば、
対偶である「価値なき者は、人にあらず」という理屈も成り立ってしまうのです。

これは昔から今に至るまで、多くの命を奪ってきた恐ろしいロジックです。
そのロジックは、他人に向けられることもあれば、自分自身に向けられることもあるでしょう。

きっと、そうではないのです。

価値があろうとなかろうと、人は人、人生は人生なのです。

一生を通して何ら成果を得られなかったと感じても、所詮は現代という一瞬における価値感のもと輝く成果に過ぎません。
永い時代の流れの中で、いつかは忘れ去られるものです。

「価値」にとらわれすぎず、のんびりと暮らしてみてはいかがでしょうか。
また時には刺激を求め、価値を追求することも楽しいゲームとなることでしょう。

読書感想というには私見が過ぎました。今回の記事のベースとなった本をあらためて掲載します。
みなさんもぜひ読んでみてくださいね。

タイトルとURLをコピーしました